そういうことなんだ

 

読書研究

 

わたしは今、「そういうことなんだ」(五味太郎)を、読書研究の時間に読んでいて、自分の考えとはちがうところを研究している。

 

13ページの「怠けるということ」が気になった。

「まじめに学校に通うこと、上司に言われたことをそのままやること、折り合いをつけて結婚することなどを、怠けると言います」と書いてある。

 

ここで、「えっ、まじめに学校に通うことが怠けることなの?」っておどろいた。もっとびっくりしたのは、「昼間からソファーでごろごろしているのや、机の前のボーっとしているのは、ゴロゴロするとか、ボーっとするのをしているのですから、とくに怠けているわけではない」と五味さんは言っていること。

私の考える「怠ける」とけっこうちがっていた。

で、それを今、はやしで研究している。

 

本を読んで、自分と比べてみる。比べてみて、自分の考えと本の考えがちがう時に考えるんだけれど、考えが言えない時はこまっちゃう。先週からこまっている。

 

                                                   小3 R

 

 

 

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『AI・クラウド主戦場』 日本経済新聞 201823  

 

           小23月から小37月:N

 

わたしは、このスピーカーをテレビで見ました。これがあるから人がわすれてしまうのだと思います。AIやスピーカーをたよりにしてしまうからです。なんでもまかせてしまうと、動かない人になってしまう。頭も体もスピーカーにまかせてしまう。そうするとだらしなくなってしまう。

 

例えば、英語はABCしかないのに、なんで日本語にはひらがな、カタカナ、かん字があるのと思ったときに、スピーカーが答えてくれなかったら自分で考えなければいけない。その時にこまるのは、AIやスピーカーを買った自分なのに、作った人のせいにして、自分がAIの悪いえいきょうにまきこまれてしまう。(その時にこまるのは、自分で考えられない、あなた。)

 

AIを作った人は、自分はいいことをしていると思っているかもしれないけれど、ほめる事じゃないと思う。ここまで書いた時、林先生が、「AIは一万のことを教えてもらってようやく一覚えるんですって。でも私たちには、『一を聞いて十を知る』という力があるのよ」とラジオで聞いた話をしてくれた。

 

それを聞いて思い出したことがあります。

わたしは、おばあちゃんに「太陽が当たったり、風がふいている時に水をあげたらよくないのよ」と教えてもらった。それはたぶん、「お花の気持ちになって」ということだと思う。お花はそんなに早く水をすえないから、土の中にある水が太陽にあったかくされてしまうと、根があついあついって思ってぐったりしてしまうからだと思う。

きゅうりも、水をやりすぎると、葉っぱが病気になってしまう。それは、水が多いと自分はもうたっぷり水分をとったのに、もっと水をかけられると苦しくなるのだと思う。わたしも水をのみすぎると、お腹が、たぽたぽになって何も食べられなくなってしまう。それと同じできゅうりの葉っぱもぐったりしてしまったり、穴があいて病気になってしまう。

でも、根元に薬を使うとほかの元気な葉っぱにもえいきょうをあたえてしまうから、おばあちゃんは、薬じゃなくてあなのあいた葉っぱを切った方が、きゅうりのためになるんじゃないの」と言っていた。これも葉っぱの気持ちになることだと思う。

 

わたしも、お花の気持ちになるという「一を聞いて十を知る」ことは、まだ二つだけれどもっと考えてみようと思う。AIは言われたことしか知ることができない。

 

林先生は、AIと人の「役割分担」についても言っていた。

例えば、消防隊のことで考えてみると、火の中で人を救助する時に、上から焼けたものがくずれてきたり、煙りで前が見えなかったり、息がすえないほど苦しくなってしまったりする時にAIに助けてもらえればいいと思う。

 

水の事故でもAIに助けてもらえるかもしれない。この前、流れるプールに行った時に、横にわたろうとしたけれど、後ろに流されてしまったから、AIガ水に強かったら、大雨で中州に取り残された人たちを助けるなどのお仕事をしてもらえるのが、あったらいいなと思う。

 

AIに、「ありがとう」と言えるお仕事をしてほしい。

 

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       たすのひくのどうするの   小1 O

 

 

さんすうで、「もんだいをつくるというもんだい」のとき、『りんごが8こありました。4ことるとなんこになりますか』というじぶんでつくったもんだいに、8-4=4 こたえ4こ とこたえたのだけれど、たすにするのか、ひくにするのかよくわからなくて、せんせいとかんがえました。

 

りんごが8こかごに入っています。また木から4ことってきました。なんこになりますかの「とる」はたしざんで、かごにりんごが8こありました。おさるが4ことっていっちゃいました。なんこになりましたかの「とる」はひきざんで、「あわせて」や「のこりは」がなくてもよくよんでかんがえるとわかりました。

 

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疑問は疑問のままで

 

           暗闇も人が壊したもの

 

 

いつも何かの音がする。

いつも何かの灯りがある。

そこで育ってきたから、暗闇を考えるのは難しい。

 

暗闇も人が壊しちゃったもの。

森も人が壊しちゃったもの。

だから、「暗闇」を「環境」とする考えが出てきたのかなと思う。

 

星は見えても一つ。ポチン位。

横浜では星を見るというより、頭の上の星にも気づかないくらい。

私の識っている暗闇は、新潟だ。

暗闇の星も月も、人には及ばないもの。

シーンとする。

実際にシーンと聞こえるのだ。

皆には聞こえているのだろうか。

調べてみたいけれど、調べないからいいんだという気持ちもある。

 

                                          中1 R

 

 

 

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           いつも「はじめ」が分からない

 

理科の「地球の誕生」の単元で、「生物のはじまり」をやった。

酸素をつくり出すのがストロマトライトという岩石で、その岩石は、シアノバクテリアの死がいと泥のツブでできていると書いてあった。その後、そのシアノバクテリアは、他の細菌と共生的に合体して、葉緑体になったというところまでは、本で調べたけれど。じゃあ、そのシアノバクテリアの「もと」は何なのか。

いつもそういう、もとのもとの「はじめ」が分からない。

 

林先生に話したら、「あなたの知りたいことは、つながりを見る眼を持つことを考えている『生命誌』中村桂子の中にあるかもしれない」と言っていた。借りたその本には、「38億年前には、その海の中に小さな生きものが存在したという証拠があり、それが今の私たちにつながるという歴史になります。最初の生命体が、いつ、どのようにして生まれたのかは、まだわかっていません」と書かれていた。

38億年のつながりを見る眼をもつ」という言葉に、頭のなかが広がる感じがした。                2K

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                                    英語には、初っ端から混乱させられた

 

英語には、初っ端から混乱させられた。

自分の「わからなさ」を説明するのさえ難しかった。まごまごしているうちに、入学後初めての単語テストがあった。結果は無残だった。

林先生に「どうしたの?」と訊かれて、言葉を並べて何とか説明してみた。

 

日本語ではどこにあっても「あ」は「あ」なのに、英語では同じ「i」でも、iceの「i」を「アイ」って読むし、inkの「i」は「イ」って読んだりするでしょ。それはなぜなの?そこが分からない。

林先生は「そうなのよねえ。なぜかはよく分からないけれど、英語は26文字の音の言葉で、日本語は文字と意味の言葉だからなんじゃないかしら」と言った。なるほどと思った。こういうこと自分で分かるようになりたい。もっと調べてみようと思う。                                                     中1T