大事にしていること

 

      解からなかったり間違えたりして、縮こまってしまっているお子さんには   

   次のような話をしたり、具体的な場面を待って、私の考えを伝えたりします。

 

1.「まちがい」

まちがえた時、大抵の人は消しゴム使うわよね。

でもね、消さなくてもいいの。

「今、ボクは考えたんだ。考えたからまちがえたんだ」って思うと、もったいなくて消せなくなるでしょ。正しいお答えを出すことも大事だけれど、「考えることをした人がいちばんエライ」って思うの。

 

2.「失敗」

先日ね、ラジオ夏休み子ども科学電話相談で、「自分が初めて見つけた失敗かもしれない」というお話をしている先生がいらしたの。「初めて見つけた」というところは、とてもワクワクするわね。

失敗が、何かの始まりの種になるかもしれないと思うと、愉しくならない?

 

 3.「考える」

「先生,考えるって解りません」と言ったのは、小学2年生。

何て、真っすぐで頼もしい。

以来、私は、「考えることを教える」ことがいちばん難しいと、身をもって識ってきました。

 

「考えの歯車を回す。その具体的な歯の一つひとつが、『ことば』であるのだ。」「愚問は頭を悪くする。つまらないことを訊くものじゃありませんよ。混乱させるもとです」という、「大村はま」の言葉を、日々肝に銘じています。

 

先日、35年位前の本にすごい言葉があったことを思い出して、あちこち探してみました。

「午前中の創作の喜びが、午後の肉体の愉快となる」

なんと、夏目漱石の言葉でした。

うらやましいなあなどと思うことは遠慮されますが、子どもたちにはこのように育って欲しいと思います。

 

4.「疑問」や「問い」を励ます

先生が課題をどんどん呈示してゆくと、ある程度の力はつくかと思いますが、それでは、教師の枠内で思考することになってしまいます。恐れずに言えば、それは、とても怖いことでもあるのだと感じています。

「課題を呈示しすぎない」「教えすぎない」ということを敢えてする時の方が、子どもたちの素朴な疑問や問いが出てきます。

その子どもたちからの問いが、「はやし」の「疑問を考える」学習を創ってきたように思います。

 

 

5.「問題を作るという問題」

これは、「確実にわかった」を子どもが自分で確認するための学習です。

理解が不十分かしらと思うような時、「問題を作る」ということを必須とします。

       そうしますと、「だいたい分かる」が、「確実に分かった」になりますし、何より、「自分で分かる」という気分のよさ 

   が得られます。